その始まりは、ある暑い夏の日のことだった。
「あ゛ー! あづいー!」
「あはは……冷房壊れちゃってますからね……来週まで我慢ですよみくちゃん……」
「もー。そんな涼しい顔しちゃってーちひろさんはー」
「そんなことないです。そりゃあ、私だって暑いですよう」
「に゛ー! こんな時はキンッキンに冷やした水しかないにゃあ!」
暑かった。ただただ暑かった。セミの鳴き声が似合うほどに暑かった。
夏に入って、嫌と言うほど感じる熱気の中に、みくは居た。
身体は汗でべとべと、空気はまるでせいろの中のように蒸し暑く。
こんな日常はどこかへ飛んで行ってしまえ! と怒鳴りたくなるほど。
されど、声高らかに主張したところで、夏は飛んでいくはずもなく……
「みくちゃん……私の分もお願いします……」
「にゃーい……」
ああ……ここだけは涼しい……冷たい……
冷凍庫から取り出した氷をグラスに入れ、さらに水を注ぐ。
はあ……早くエアコン直らないかにゃあ……
「はい、ちひろさん。ここに置いとくにゃ」
「ありがとう、みくちゃん」
ちょうどそのとき、外出していたPチャンが帰ってきた。
「ただいま戻りましたー……」
「「おかえりなさい」にゃ」
「あ゛ー……あぢー……おお、みく。気が利くな!」
Pチャンはそう言うと、みくの手からグラスをひったくって水を飲み干してしまう。
「あ゛っ! ちょっとPチャン! それはみくの分だにゃ!!!」
「そんなことより、みく! 喜べ、いい仕事持ってきたぞ!」
そのとき、ちひろさんの机の上のグラスの中で、氷がカランと揺れたのだった。
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「わあー……ひろーい……」
「そりゃそうだろ、海なんだから」
今日はフェスの前日。今、みくたちは会場の浜辺にやってきていた。
「ねえねえPチャン、ほんとに明日、ここのステージに立つんだよね」
「よっぽど天気が荒れなきゃあ、そうなるだろうな」
「うわぁー……ここで、みくが……」
浜辺の特設ステージ。
煌びやかな装飾などはないものの、なんだかすっごい威圧感のようなものを感じる。
「じゃあ、フェスの打ち合わせに行ってくるから。先にホテルに戻っててもいいからな。戻るときは、連絡入れといてくれ」
「はーい。終わるまでその辺ぶらぶらしてるにゃあ」
Pチャンは明日のスケジュールの打ち合わせに行った。
なんだかんだで忙しいよにゃあ……なんて思いながら、改めてステージを眺める。
やっぱり、感想はこれしかない。すごい。ただその一言に尽きる。
他の人にしてみれば、何という事のない代物なのかもしれないけれど。
みくにとっては、このステージはとても輝いて見える。
その輝きに、自分が塗りつぶされてしまいそうになる。
ステージの前にいるだけでこうなのだ、ステージに上がったのならどうなるだろう。
落ち着いてやれるかな。
今までやってきたことを、きちんとステージでやれるかな。
慌ててしまって、失敗したりしないかな。
考え事がぐるぐると、頭の中を巡っていく。
今から心配したって仕方がない事を、どうしても心配してしまう。
すーっ。はーっ。深呼吸。
落ち着け落ち着け、まだ本番じゃないんだから。
今からこんなに緊張しててどうするの、みく。
大丈夫。きっとやれる。しっかりやって、次に繋げる。
ひとつずつ丁寧に、されど手早くてきぱきと。
臨機応変に対処して、みくは出来るアイドルだって証明してみせる。
誰に証明する? もちろんPチャンに。みくのファンや、まだそうでない人たちにも。
もちろん、自分自身に対してだって、絶対証明してみせる!
そんなみくの決意を全て焼き尽くすかのように、太陽はぎらぎらと輝いている。
「あっづい……」
暑いわ! なんでこんな暑い時にライブなんかやんなきゃなんないのにゃ!
み゛ー! あっつい!!!
そんな暑さを一瞬でも忘れて、楽しく過ごしてもらうためのフェス。
そのための沢山のアイドルたち。沢山のバンドのみんな。
みんなで、この会場を盛り上げる。
そのために、みくは今ここにいる。
フェスは明日から。みくの出番はちょっとだけだけど、それでもしっかりやらなきゃ!
「(よーし、頑張るにゃあ!)」
小声でそう呟いて、こぶしを握り締める。
明日、フェス一日目の序盤。そこがみくの最初の出番。
ニューフェイスのアイドルの出番としては、もうちょっと場があったまったところがいいんだけど……
そうそうえり好みはしていられないのだ。やるっきゃない! やったるにゃあ!!!
暑い暑い陽射しの下で、強く強く決意する。
この暑さに、ステージの威圧に、太陽の輝きに負けないように!
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そして、フェス本番。みくは今、ステージの袖にいる。
もう少しで出番だ。緊張するなあ……
イメージトレーニングは沢山やった。歌詞もばっちり覚えている。
振り付けの確認だって軽くやったし、問題はないはず。
あとは、本番。ステージの上で、それを披露するだけ。
『それでは、次は新人アイドルさんたちによるステージでーす!』
わああああ、と観客のみんなの歓声が聞こえてくる。
少しだけ震える手で、軽く自分の頬を叩いて、自分を奮い立たせる。
よし、行くにゃあ!
そうして踏み出した第一歩。二歩、三歩と続いて。
そのうちのどこかで、みくの足がビィンと突っ張り、身体が前のめりになる。
え!? と、何を考える暇もなく、みくはステージの上で盛大に転んだ。
観客が、一瞬にして静まり返る。その後で、どっと笑い声が巻き起こった。
慌てて周りの状況を確認する。
そしたら、なんと機材のケーブルに足が引っかかってしまっていたのだ。
みくの身体は何ともない。足はくじいてない。ステージは続けられる。よかった……
でも、盛大にやらかしてしまった。どうしよう、どうしよう。
とりあえず、何か言わなきゃ!
「あ、あははは! 緊張しすぎて転んじゃったにゃあ!」
観客の笑い声は止まらない。もう、頭の中が真っ白になってしまった。
どうしたらいいんだろう、どうしたらいいんだろう。
何にも分からなくなって、とりあえず自己紹介をした。
みんな笑ってて、誰も聞いてないかもしれないけど、それだけは済ませた。
「……それじゃ、みくの曲を聴いてにゃ! ミュージック、スタート!」
しん、と静まり返る。遅れて、ざわざわとした声が聞こえてくる。
もしかして、躓いちゃったときに、機材を壊しちゃったのかも……!?
ま、まずい! これじゃ、後のみんなに迷惑をかけちゃう!
ど、どどどどうしよう!?!?
みくが慌てていると、舞台の後ろから、みくの次にステージに上がる予定の子たちがみんなやってきて。
「あれー? みくちゃんの歌、始まらないねー?」
「じゃあ、スタッフさんたちに機材の確認してもらってる間、みんなでトークしようよ!」
「それで、私たちの事、お客さんたちにいっぱい知ってもらおうよ! ね!」
突然のことで、何が起こっているのかさっぱりわからない。
きっと、今のみくの顔は真っ白になっていることだろう。
今にも泣いてしまいそうだ。いろんなことをしてしまって、とても辛い。
そんなみくを見かねてかどうかは知らないが、この子たちは出てきてくれた。
自分たちの持ち時間を、みくのミスで全て奪われてはたまらない。
その時間の中で自分たちに何ができるのだろう、と考えての行動なのだろうか。
みんなにどんな思いがあるにせよ、これは今のみくにはとても喜ばしいことであった。
「……そ、そうだね! ごめんねみんな、みくが転んじゃったせいで……」
「そんなのいいって! 私たちのトークで、お客さんたち盛り上げちゃおうよ!」
「そうそう! じゃあ私たちも自己紹介、しちゃうよー!」
「じゃあ、まず私から! 私の名前は~~~~……」
それは、みくの失敗の穴を埋めるかのような、とっても楽しいトークだった。
みくはさっきの大失敗のことで頭がいっぱいだったけど、それでも楽しめた。
機材が直った後の歌と踊りも、ほとんどミスなくやれたし。
お客さんたちも笑ってくれて、コールもたくさん入っていっぱい盛り上がって。
結果として、みくたちとお客さんたちで作り上げた、素敵なステージになったのだった。
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それから。一緒にステージに立ってくれた子たちに、いっぱいいっぱいお礼を言って。
Pチャンと一緒に、スタッフさんたちに沢山沢山謝って。
こうして、みくのサマーフェスタの一日目が終わった。
夜。みくは、ホテルのベッドの上で、天井を見つめていた。
どうしてあんなことになったのだろう。
どうして気を付けなかったのだろう。
なんでみんな、みくのことを助けてくれたんだろう。
ぐるぐると、考え込む。気分はどんどん沈んでいく。
……Pチャンに、会いに行こう。
コンコン ガチャ
「ん。どうぞ」
「……うん」
……沈黙。何を言えばいいのか、分からなかった。
そもそも。何をしにここへ来たのか、それさえも分からなかった。
「あのね、Pチャン……今日は……あの、ごめんなさい。本当に、ごめん、なさい」
「……うん。でも、よかったぞ。トークも歌も、ばっちりだった」
「ん……それは、頑張った。ちゃんとやれたよ。でも……」
「それが出来れば上々だろ? 細かい失敗は仕方ないって」
「細かい、かな……」
「ああ。結局、古いケーブルが一本駄目になっただけだったしさ」
「機材の修復もすぐに済んだし。スケジュールとは違ったけど、何とかうまくやれた」
「みんなソロで活動してるアイドルなのに、しっかり連携取れててさ。俺はてっきり、ひとつのユニットなのかと思ったくらいだよ」
「そもそも、あんな配線の仕方をする運営側の不手際だろう?」
「もっとこう、さ? 出演者側の事情とかも考えてもらわなくちゃ……」
「だから……まあ。そんなに気を落とすなよ、みく」
「……そう、だよね。みく……頑張った、にゃ」
「そうだ。頑張った。よくやったな、みく」
そう言って、Pチャンはみくの頭をぽんぽんと撫でてくれる。
それが、何よりもみくの慰めになった、かもしれなかった。
「怪我だってしなかったしな。流石は猫、と言ったところか」
「猫チャンの身体はしなやかなのにゃ。簡単には怪我なんかしないよ」
「それもそうだな。その調子で、明日も頼むぞ?」
「はーい。それじゃPチャン、また明日ね」
「おう。おやすみ、みく」
そうして、みくは自分の部屋に戻った。
ベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめる。
「うっ……ぐ、ぅっ」
悲しみは、抑えられなかった。
幾度も幾度も、あの光景が、頭の中でフラッシュバックして。
あの声が、あの空気が、忘れられなくて、振りほどけなくて。
「あ、あ……あ゛っ、あ」
耐えられなかった。耐えられるはずもなかった。
だって。辛い事は、辛いのだから。
逃げようと思った。忘れようと思った。
でも、ちゃんと向き合わなくちゃいけない気持ちになったから。
だからちゃんと向き合って、こうして涙を流している。
みんなの前で転んで、恥ずかしかった。
みんなに迷惑をかけてしまって、辛かった。
でも、そんなみくの手を、みんなは取ってくれた。
良い事よりも、悪い事の方にフォーカスしてしまうのは、仕方ない。みくの性分だから。
でも、ちゃんと良い事もあった、って言うのは分かるんだ。
分かる。分かるんだ、こんなみくでも。
「……グズッ……う、ふう」
ひとしきり、泣いて。泣いて……
それから、バッグを開けて、一冊のノートを取り出した。
これは、みくだけの秘密のノート。
今までやってきたこと。この日、出来なかったこと。あの日、忘れていたこと。
良い事も、悪い事も、みーんなこのノートに書いてある。
「……えっ、と」
何を書いたらいいだろう。
今日の分は、どうまとめたらいいだろう。
眠るまでに、考えて、考えて、書きとめる。
今日できなかったことを、明日できるようにするために。
初めてやったことを、次に忘れてしまわないように。
「……このままじゃ、駄目だよね」
そうだ。駄目だったままじゃ、終われない。
終わってしまったことは、もう変えられないけれど。
まだ始まっていないことは、これからいくらでも変えられる。
これが、こうなってしまったのなら。じゃあ、次はこうしてみたらどうだろうか。
それでもまだ足りない。なら、さらにこうしてみようか。
こうして、どんどんどんどん、積み上げていく。
そうやって、つぎはぎだらけのみくは、いつか奇麗なパッチワークになるんだ。
ひとつひとつ、何かの切れ端を集めて、繋げて。
最後の最後に、綺麗になれたらそれでいいんだと思う。
最初のころは、全くよくわからないものだったとしても。
視点を変えて、やり方を変えて。
いろいろ手探りで進んでいくしかないんだ。
今は駄目でも、これからは大丈夫だって、そう言い聞かせながら。
みくはペンを走らせる。まだ見ぬ明日へ繋げるために。
「……もう、こんな時間かあ」
明日は早いわけじゃないけれど。
今日の分の休養は、たっぷり取った方がいいと思った。
心身ともに、打ちのめされてしまったからね。
ゆっくり休んで、明日もいっぱい頑張るにゃ!
電気を消して、瞼を閉じる。
ゆっくりと、ゆっくりと流れていく時間の中で。
今日の光景が、何度もフラッシュバックする。
その記憶と、みくのノートを重ね合わせて……
どこをどうしたら、いい感じになるのかなって。
そういうことをじっくり考えている間に、みくの意識はストンと落ちた。
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あのフェスから、数日。
今日も変わりなく太陽は輝き、いつも通り、みくの日常は続いていた。
「ねーPーチャーン……エアコンまーだ直んないのー?」
「後ちょっとの辛抱だっつの……あちーよ……扇風機がほぼ意味ねえ……」
「ほんと……電気屋さん早く来てくれないですかねえ……」
小さな事務所の中、みくとちひろさん、Pチャンの三人でアイスを食べながら唸る。
アイスを食べていても暑いものは暑い。それが夏だ。
「ちひろさん、今日の夕飯とかどうします……?」
「冷たいものがいいですね……冷やし中華とか……」
「みく素麺でいいや……何にもやる気出にゃいもん……」
「分かります……早く冷房の効いた家に帰りたいですよね……」
「でもまだ昼過ぎですよ……仕事終わるまであと何時間あると思ってるんですか」
「今日はもうお仕事おしまいでいいんじゃない……?」
「いえ、みくちゃん、それは流石に……仕事はありますからね……」
「熱中症にならないように、いい感じのとこで切り上げて帰りますかねえ……」
「さんせーい……ああ……レッスン行きたくないにゃ……」
「ハッ! 逆にエアコン効いてるレッスンスタジオの方がいいのでは?」
「みくはひらめいてしまった……自分の賢さが恐ろしいにゃ……」
「じゃあ行きも帰りも歩いて行ってな」
「えー……送ってくれないのー……?」
「意地悪してるわけじゃないが、俺にも仕事があるんでな。今日は我慢してくれ」
「じゃーレッスン行ってくるにゃー……さらば愛しのアイスタイム」
「「いってらっしゃーい」」
準備を整え、外に出る。
陽射しのせいか、多少事務所の中より暑いような……
いや、気のせいだ。特に変わらない。暑いのは暑い。無理。
レッスンスタジオへと向かう電車の中、みくはちょっと調べ物をしていた。
それは、この前のサマーフェスタのことだ。いわゆるエゴサーチ。
このご時世、インターネットなんてものが普及してるから、どんな評判も一気に広がる。
誰もが気軽に意見交換出来るようになったことは、いいことではあるけど。
「(やっぱり、何度見ても慣れないなあ)」
何度見ても見慣れぬ記事とは、この前のみくの失敗を取り上げているまとめ記事。
面白おかしく書きたてられるのは、やはりいい気分ではない。
「(う゛ー……やっぱそういう流れになるよね……)」
やらかした後の匿名掲示板の書き込みなんて、見ていてもろくでもない事にしかならないのに。
それでも、みくの目は文章を追い、みくの手は記事の先へと進ませる。
やっぱり、変なことしか書いてない。もう、やだなあ……
「(……あっ)」
【あの子、頑張ってたよな】
【アレのせいでがっつり覚えちゃったよ】
【今後も頑張ってほしいもんだね】
「(……えへへ)」
嬉しかったり、悲しかったり。悲喜こもごもとはとはまさにこのこと。
全部が全部、そういう反応じゃない。
中には、こういういい感じの反応だってあるのだから。
レッスンも終わり、今日やることをすべて果たしたベッドの上。
みくは、ネットでフェス当日の動画を見ていた。
「あー……まあこういうコメントも付くよね」
動画ページのコメント欄も、どこぞの掲示板とさして変わらない。
まあ、治安の良し悪しは結局運任せなのだが。
「やっぱ、失敗してるとこしかみんな見てないんだろーかにゃー」
何某かのコメントをするには、失敗は格好の的ではあるのだけれど。
それ以外も見てほしいな、と言うのはやっぱり贅沢なのだろうか。
「ありゃ? ここのステップ……えー、嘘でしょー?」
みくは、自分の踊りを見ながら、自分に駄目出しをする。
「嘘だー。ここはちゃんとやれたはずだもんー」
何度も巻き戻して確認する。動画の内容は変わらない。
自分で軽く踊ってみて、さらに確認する。……やっぱり間違ってる。
「にゃー……集中的に鍛えたはずのダンス力が……ぐぬぬぬ」
「まあ、あんなことがあった後のこのダンスだし。この位は許容範囲内でしょ」
「二日目は大丈夫だったはずだし。次はしっかりやれるようになっとかないとね」
「……二日目の別の動画、どっかにないかにゃ……無理してでもPチャンに頼んどけばよかった」
「ちひろさんがいればなー……撮ってもらえたんだけど、まあ仕方ないか」
「カメラが遠くて細かいとこがよく分かんない……おーい確認させろー」
スマホに向かって語りかける。動画をあさる手は止まらない。
みくは今日もひた走る。いつか、上手くいくであろう明日に向かって。
「(次のレッスンもダンス集中特化かにゃあ……流石にやりすぎかにゃ?)」
「(全部バランスよくこなしてこそ……いやでも器用貧乏……ん゛ー)」
何事も、うまくいくということはなく。
しかして、その全てが失敗というわけでもなし。
いくつもの事柄から、良いものと悪いものを見出して。
それらを繋げて、良いものはより良く、悪そうなものは良さそうなものへと昇華する。
何かのきっかけを見つけるために、毎日毎日試行錯誤の連続だ。
「(あー……今日も疲れたなぁ)」
「(明日は……何があったっけ……宿題は……無かったはず……)」
ゆっくりと失われていく、みくの意識。
始まれば終わり、終わればまた始まる。
今日のみくは終わり、明日のみくがまた始まる。
だんだん、簡単なことしか考えられなくなっていく。
その最後に残ったひとかけらこそ、大切な結論。
大切な大切な、全ての根幹たる物事の本質。
それを突き詰められなくたっていい。
どんな形だっていいのだ。
前に。前に。進んでいれば。進もうとする意識が、ほんの少しでもあるのなら。
いつかきっと、辿り着けるはず。そう信じて、みくは生きる。
今日もまた、根源に辿り着けずに眠りに落ちる。
今のみくには、それで丁度いいのかもしれないけれどね。
ああ……どうしたら……トップアイドルになれるんだろうにゃあ……
猫キャラを捨てなければなれないのなら、それはちょっと嫌だけど。
猫キャラ無しでも、みくはみく。そんなありのままのみくを応援してくれる。
そうやって見てくれる人が、どこかにいてくれたら嬉しいなあ。
でもやっぱり、みくのアイドル道には猫チャン要素は必要不可欠だよ。
このキャラで、アイドル道を突き進んでやるんだ!
自分は曲げない、それがみくの絶対不変のルールなんだから!
でも、それはそれとして。
メタ的にも、この話はどこに落とせばいいのやら。
まあ夢オチは確定なんだけど。眠る前に考えることって、わけわかんない事多いよね。
もう、ここで眠ってしまおうか。
これ以上続けたら、蛇足になりそうだ。
まだまだ、考えたりない事なんかいっぱいあるのになあ。
時間は有限で、行動だって有限だ。
全ての物事には限度があって、無限なんてどこにもないのかもしれない。
でも、みくの、この想いだけは無限にあふれてくる。
いつか、いつか、いつか! いつか、必ずトップアイドルに!
それが駄目でも、行けるとこまで!!!
みくの旅は終わらない。終わるときは、突然にくるかもだけど。
それでも、生きてるうちは戦いだ。自分自身と、どこまでやれるか……
……眠い……うん。今日も、頑張ったよ……明日もまた、頑張ろう。
ひとつ欠伸をすると、みくの涙がひとつこぼれて、意識は深く深く沈んでいった。