「はあ……疲れたー!」
今日も一日お疲れ様、そんな気持ちで家に帰ってきた。
「今日のレッスン、いまいちだったなあ……」
『最近気持ちがたるんでるんじゃないの』と、どこからか声が聞こえた気がする。
でも、事実。最近、アイドル活動に身が入らないのだ。
その理由は、ずばり。今のプロデューサーの方針が気に入らない。
「……なんだにゃ、キリンって……」
いやいや。本当にわからないから困る。
キリンについて調べてみてはいるんだけど、どうキャラに落とし込めばいいのか。
「みくは猫チャンアイドルでやっていきたいのになあ……」
キャラものは、まず第一に、分かりやすいキャラが大事だと思う。
誰がどう見ても”あのキャラだ”と分からないと困る。
それがなければ、パッと誰かの心を惹きつけるというのは難しいと思うんだ。
例えば、何かのしぐさとか。
例えば、何かの言葉とか。
そういうシンボルとして成り立つものを取り入れて、キャラを作っていきたい。
そこへ考えが行くと、このキリンというのはどうにも厄介なのだ。
本当によくわかんないもん。こればっかりはどうしようもないにゃ……
なら、プロデューサーの言うとおりにやってみればいいのだろう。
だけど、みくの中で納得がいかないと、ぎこちない動きになるのは目に見えている。
「はあ……やんなっちゃうなあ……」
いっそ、この事務所は辞めてしまおうか。
みくのことを活かせるところは、他にもある。
そう思って、行動してみようか。
「……んにゃあ……」
誰かに使い捨てられる前に、自分で使い捨ててしまおう。
表面上での繋がりしかないものに、未練なんてそうあるわけない。
かと言って。今やめてしまって、次があるだろうか。
そんな思いが、みくに重くのしかかる。
理想と現実は、いつだってギリギリのところでひとつにはならない。
ひとつになっても、また分かれて、またいつかひとつになって。
その繰り返しだから、難しいけど。
ひとつになった時の高揚感が忘れられないから、また前に進もうと思う。
「はあ……」
さっきから、ため息ばっかりついている。
だって、みくは猫チャンアイドルがいいんだもん。
みくはずっと、可愛い女の子にあこがれてきた。
アイドルには、可愛い女の子の夢がいっぱい詰まってるんだ。
そう思って、アイドルにあこがれた。
しかし、アイドルを目指す子たちは、みんな可愛くて。
自分には何もない。このままでは埋もれてしまう、と直感した。
だから、そこで”猫チャン”だった。
だって猫チャンは可愛い。しかも、キャラを作りやすい。
みくが、悩んで悩んで、やっと見つけた希望だった。
安直でも、あざとくても、何でもいい。可愛くなれるなら、何でもやろうと思った。
誰が何と言っても、それだけは譲れない。
みくのトレードマークは、誰にも変えられないんだ!
その考えを変えられずに、上手く行かなかったことがある。
一度や二度ではない。何度も何度も、駄目だった。
今だって、『猫はもう古い』だのなんだのと言われて……
嫌ならやめてしまえばいいと、何度も思ったことがある。
でも、やめるのが怖くて、”今あるもの”に何度も縋った。
辛くても、寂しくても、誰にも言えずに、誰にも知られずに、一人で泣いた。
自分がやりたいことが上手くできない。
自分のやりたいことができないまま終わる。
それは嫌だと、何度も自分を奮い立たせた。
でも。結局一人じゃ何もできないのかな、と思った。
だって、上手く行ってないのが、現実としてそこにあるから。
嫌でも、それと向き合わなくちゃいけなくて。
想像もしなかった痛みの中で、何度も何度ものたうち回った。
アイドルになると決めた。
どうしても、なってみたかった。
だから今更、誰に何を言っても、もう戻れない。戻りたくない。
でも、いくら手を伸ばしてみても、理想には手が届かない。
簡単じゃあない道なのは知っていた。分かっていたはずなのに。
壊れないように、必死に守っていたみくの心は、いつの間にかひびだらけだった。
毎日起こることに気を張って、疲れ果ててボロボロになっていて。
自分の首を自分で絞めて、心さえも握りつぶしていたのかもしれない。
こうして沈んで、泣いていたって、何も変わりはしない。
眩い光が照らしても、暗い闇が隠しても。
事実だけは残る。それを、受け止めることしかできないんだ。
考えれば考えるほどに、みくの身体に毒が回っていくような気がした。
独りぼっちで、なんにもできない自分が嫌になった。
だけど。変わろうとしたって、急になんか変われないと、思っていた。
気が付けば、窓の外は暗くなっていたし。
部屋の中には、いつも通りのことをして、布団に入った自分がいた。
「いくら考えたって、結局何も変わんない、か」
仮に、自分を支えるものが無くなったとしても。
命は終わりはしない。簡単には終わらせてくれないから。
きっと、どこかに身を寄せる。何かを見つけて、生きていくのだろう。
「そういえば。どっかに新しく事務所を立ち上げた人がいる、って聞いたにゃあ」
「……そこに行けば。みくも、新しく、生まれ変われるかな」
もしかしたら、うまく行かないかもしれない。
そう思うと、怖くて怖くて仕方がない。
でも、もしも、明日、気分が乗ったなら。
その事務所を立ち上げた人に、会いに行ってみるのもいいだろう。
だって、もしかしたら、変われるかもしれないんだもんね。
一人じゃ何もできないのなら、誰かに手伝ってもらえばいい。
誰かに助けを乞えばいい。
……まあ。それが出来るのなら、だけど。
「ふにゃあ……」
眠くなった。
どれだけ落ち込んでいても、いつかは眠気が来るものだ。
そうやっているうちは元気な証拠、もうちょっとだけなら頑張れるかもしれない。
頑張って、一歩踏み出してみれば。
何か、変わるかもしれない。いや、確実に何か変わると思う。
面倒だと手放そうとしているものが、一番大事なものなんだろうね。
そうして、一歩踏み出せた結果。
みくは、新しい事務所で、大切なPチャンに出会って。
みくの思う、可愛い猫チャンアイドルに、ちょっとだけなれた気がする。
けれど、そうなること、そうなれることを、今のみくは知らない。
だから今は、臆病な猫チャンのように、丸くなって怯えている。
一歩踏み出さなければ、それとは違う未来になる。
一歩踏み出したからといって、そうなるとは限らない。
幾千もの可能性の中で、幾千ものみくが生きている。
その中のひとつを、どうにかして選んで生きている。
それはきっと、簡単なことじゃないけれど。
(明日は、少しでもこの気持ちが晴れますように)
どうか、どうか。この願いが、叶いますように。
どうか、少しでも。何か、変われますように。
祈るだけでは駄目かも、とは思うけど、
(一歩でも、前に進めますように)
そう願わずにはいられないから。