~猛独が襲う/一二三 feat. 初音ミク~



「はあ……疲れたー!」

 

今日も一日お疲れ様、そんな気持ちで家に帰ってきた。

 

「今日のレッスン、いまいちだったなあ……」

 

『最近気持ちがたるんでるんじゃないの』と、どこからか声が聞こえた気がする。

でも、事実。最近、アイドル活動に身が入らないのだ。

その理由は、ずばり。今のプロデューサーの方針が気に入らない。

 

「……なんだにゃ、キリンって……」

 

いやいや。本当にわからないから困る。

キリンについて調べてみてはいるんだけど、どうキャラに落とし込めばいいのか。

 

「みくは猫チャンアイドルでやっていきたいのになあ……」

 

キャラものは、まず第一に、分かりやすいキャラが大事だと思う。

誰がどう見ても”あのキャラだ”と分からないと困る。

それがなければ、パッと誰かの心を惹きつけるというのは難しいと思うんだ。

 

例えば、何かのしぐさとか。

例えば、何かの言葉とか。

そういうシンボルとして成り立つものを取り入れて、キャラを作っていきたい。

そこへ考えが行くと、このキリンというのはどうにも厄介なのだ。

本当によくわかんないもん。こればっかりはどうしようもないにゃ……

 

なら、プロデューサーの言うとおりにやってみればいいのだろう。

だけど、みくの中で納得がいかないと、ぎこちない動きになるのは目に見えている。

 

「はあ……やんなっちゃうなあ……」

 

いっそ、この事務所は辞めてしまおうか。

みくのことを活かせるところは、他にもある。

そう思って、行動してみようか。

 

「……んにゃあ……」

 

誰かに使い捨てられる前に、自分で使い捨ててしまおう。

表面上での繋がりしかないものに、未練なんてそうあるわけない。

 

かと言って。今やめてしまって、次があるだろうか。

そんな思いが、みくに重くのしかかる。

 

理想と現実は、いつだってギリギリのところでひとつにはならない。

ひとつになっても、また分かれて、またいつかひとつになって。

その繰り返しだから、難しいけど。

ひとつになった時の高揚感が忘れられないから、また前に進もうと思う。

 

「はあ……」

 

さっきから、ため息ばっかりついている。

だって、みくは猫チャンアイドルがいいんだもん。



みくはずっと、可愛い女の子にあこがれてきた。

アイドルには、可愛い女の子の夢がいっぱい詰まってるんだ。

そう思って、アイドルにあこがれた。

 

しかし、アイドルを目指す子たちは、みんな可愛くて。

自分には何もない。このままでは埋もれてしまう、と直感した。

 

だから、そこで”猫チャン”だった。

だって猫チャンは可愛い。しかも、キャラを作りやすい。

みくが、悩んで悩んで、やっと見つけた希望だった。

安直でも、あざとくても、何でもいい。可愛くなれるなら、何でもやろうと思った。



誰が何と言っても、それだけは譲れない。

みくのトレードマークは、誰にも変えられないんだ!

 

その考えを変えられずに、上手く行かなかったことがある。

一度や二度ではない。何度も何度も、駄目だった。

今だって、『猫はもう古い』だのなんだのと言われて……

 

嫌ならやめてしまえばいいと、何度も思ったことがある。

でも、やめるのが怖くて、”今あるもの”に何度も縋った。

辛くても、寂しくても、誰にも言えずに、誰にも知られずに、一人で泣いた。

 

自分がやりたいことが上手くできない。

自分のやりたいことができないまま終わる。

それは嫌だと、何度も自分を奮い立たせた。

 

でも。結局一人じゃ何もできないのかな、と思った。

だって、上手く行ってないのが、現実としてそこにあるから。

嫌でも、それと向き合わなくちゃいけなくて。

想像もしなかった痛みの中で、何度も何度ものたうち回った。



アイドルになると決めた。

どうしても、なってみたかった。

だから今更、誰に何を言っても、もう戻れない。戻りたくない。

 

でも、いくら手を伸ばしてみても、理想には手が届かない。

簡単じゃあない道なのは知っていた。分かっていたはずなのに。

 

壊れないように、必死に守っていたみくの心は、いつの間にかひびだらけだった。

毎日起こることに気を張って、疲れ果ててボロボロになっていて。

自分の首を自分で絞めて、心さえも握りつぶしていたのかもしれない。

 

こうして沈んで、泣いていたって、何も変わりはしない。

眩い光が照らしても、暗い闇が隠しても。

事実だけは残る。それを、受け止めることしかできないんだ。



考えれば考えるほどに、みくの身体に毒が回っていくような気がした。

独りぼっちで、なんにもできない自分が嫌になった。

だけど。変わろうとしたって、急になんか変われないと、思っていた。



気が付けば、窓の外は暗くなっていたし。

部屋の中には、いつも通りのことをして、布団に入った自分がいた。

 

「いくら考えたって、結局何も変わんない、か」

 

仮に、自分を支えるものが無くなったとしても。

命は終わりはしない。簡単には終わらせてくれないから。

きっと、どこかに身を寄せる。何かを見つけて、生きていくのだろう。

 

「そういえば。どっかに新しく事務所を立ち上げた人がいる、って聞いたにゃあ」

「……そこに行けば。みくも、新しく、生まれ変われるかな」

 

もしかしたら、うまく行かないかもしれない。

そう思うと、怖くて怖くて仕方がない。

 

でも、もしも、明日、気分が乗ったなら。

その事務所を立ち上げた人に、会いに行ってみるのもいいだろう。

だって、もしかしたら、変われるかもしれないんだもんね。

 

一人じゃ何もできないのなら、誰かに手伝ってもらえばいい。

誰かに助けを乞えばいい。

……まあ。それが出来るのなら、だけど。

 

「ふにゃあ……」

 

眠くなった。

どれだけ落ち込んでいても、いつかは眠気が来るものだ。

そうやっているうちは元気な証拠、もうちょっとだけなら頑張れるかもしれない。

 

頑張って、一歩踏み出してみれば。

何か、変わるかもしれない。いや、確実に何か変わると思う。

面倒だと手放そうとしているものが、一番大事なものなんだろうね。



そうして、一歩踏み出せた結果。

みくは、新しい事務所で、大切なPチャンに出会って。

みくの思う、可愛い猫チャンアイドルに、ちょっとだけなれた気がする。

 

けれど、そうなること、そうなれることを、今のみくは知らない。

だから今は、臆病な猫チャンのように、丸くなって怯えている。

 

一歩踏み出さなければ、それとは違う未来になる。

一歩踏み出したからといって、そうなるとは限らない。

 

幾千もの可能性の中で、幾千ものみくが生きている。

その中のひとつを、どうにかして選んで生きている。

それはきっと、簡単なことじゃないけれど。



(明日は、少しでもこの気持ちが晴れますように)



どうか、どうか。この願いが、叶いますように。

どうか、少しでも。何か、変われますように。

 

祈るだけでは駄目かも、とは思うけど、

 

(一歩でも、前に進めますように)

 

そう願わずにはいられないから。